第6回 技術の持つ可能性に見合う事業戦略 ~業界の枠を越えた戦略構築の必要性~

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テクノロジーマネジメント「グローバル・エコシステム戦略」

ニューチャーネットワークス コンサルタント 程塚 正史 2013年6月12日

 近年、20代の社会学者による著書が注目されるようになっている。今年3月には開沼博さん(1984年生まれ)の『漂泊される社会』が出版され、昨年には古市憲寿さん(1985年生まれ)の『絶望の国の幸福な若者たち』が話題になった。二つの本に共通するのは、将来にさしたる希望を持てない日本人、特に若者の姿である。例えば開沼さんの著書には、以下のような記述がある。「もはや、誰もが夢を見ることができる科学技術や、それによって達成される豊かさなど、手近なところには見つからない」(上掲書、序章より)。
 つまり20代の彼らが生きる今後50年くらいの間で、日本が再び経済成長を実感できるようになる可能性は低いだろう。少なくともそれは技術的な発展によってもたらされるものではないだろう、という趣旨だといえる。
 若手からのこういった声に、企業の、特に研究開発に携わる方はどのように感じられるだろうか。本当に「夢見る技術」はないのだろうか。上記のお二人の研究成果や描写力に敬意を表しつつ、敢えてより広い可能性を考えてみたい。

 コンサルティングを通じて、特に製造業企業の様々な技術の話を聞かせていただいていると、技術の進歩を起点とした業界構造の再編、生産ラインの(再)稼働、雇用確保、経済成長という可能性は、大いにあるように思う。たしかに「手近なところ」にはないかもしれないが、企業の研究所には大いにある。ただし多くは、眠っている。
 問題は、起点となる技術を持ちながら、それを事業に発展させることができていない点である。事業化に至るにはもちろんいくつもの障壁があるわけだが、コンサルティングを通じて感じる最も大きな障壁は、技術の持つ潜在的な可能性の範囲と、構想する事業戦略の範囲との間に乖離があるということである。すなわち、技術シーズとしては新たなエコシステムを構築できるような大きな可能性を持ちながら、戦略に示される事業の可能性が「謙虚」すぎる、つまり近視眼的であることが多い。あるいはそもそも戦略が検討されていない。場合によっては、今すぐに提供できる顧客に持って行くことに一所懸命になっているということもある。
 なかには、多くの人のライフスタイルを変革させたり、産業構造をガラリと再編させたりしうる技術もある。もし技術シーズにそのような可能性があるならば、複数の業界を巻き込んだ戦略や、既存の取引関係の合理化を促す検討が必要である。例えば前回のコラムで紹介した東レは、炭素繊維の原糸の技術を起点としてバリューチェーンの再構築に成功した。昨年のコラムで紹介したナガオカは、地下水集水の技術や製品を起点としてアライアンスを組むことで水供給サービス事業を始めている。今さら言うまでもないことだがアップルは、デバイスからソフトウェア、サービス、小売までを含めた新たな「スマホ業界」を立ち上げることで事業を拡大させた。

 「他業界を巻き込みましょう」という話をすると、「それは分かっている。どう進めるのかが難しいのだ」という言葉が当然予想される。そこで以下では、具体的に検討する方法
について考えていく。変化の激しい事業環境においては、戦略の検討に半年や一年などという長い時間をかけてはいられない。そこで、次の3つのステップに分けて考えるのが効率的である。

①自社事業のパートナー(場合によっては顧客)となりうる業界候補を選ぶ
②対象業界の構造を分析し、パートナー候補企業を選ぶ
③特定したパートナー候補企業のベネフィットを構想する

①自社事業のパートナーとなりうる業界候補を選ぶ
 自社の技術が、例えばライフスタイルを変えてしまう可能性があるとすれば、その実現には他の業界を巻き込むことが必要となるはずである。相手となる業界にとっても、むしろそのような技術を求めている可能性は高い。
 まず行うべきは、業界単位でのロングリストの作成である。どの業界が自社のパートナーになりえるかを洗い出す。最終的にどのようなライフスタイルを創出したいのかを考えたうえで候補を挙げていく。ここでは、地域単位での検討と、業種ごとの検討の両者が必要である。
 地域単位での検討とは、グローバル規模であれば国/地域の絞り込みである(よりローカルであれば都道府県単位かもしれない)。例えばスマートシティに関する事業であれば、国/地域によって制度や電力事情が異なることを想定しなければならない。医薬や食品に関する事業であれば、宗教や食文化が異なることを考慮しなければならない。マクロ環境を踏まえて地域を絞っていく。
 業種ごとの検討とは、電機業界、石油業界、製薬業界などの業種の絞り込みである。自社技術がどのような価値を提供しうるのかについて、常識的に有している対象業界の事業に関する知識から挙げていくのがよい。まずはロングリストであるので、最初からあまりに細かく分析せずに候補として挙げていく。
 この段階では、大いに夢を見たほうがいい。パートナー候補の業界を挙げることは、戦略そのものに近い。社内外の障壁を考えるとつい無難な戦略となってしまうが、このステップは、実現したい社会価値を最大限に描いてみる段階である。

②対象業界の構造を分析し、パートナー候補企業を選ぶ
 ロングリストができたら、候補となる業界に大まかな優先順位をつけたうえで、それぞれの業界内の構造を分析していく。業界についての情報は枝葉末節にこだわれば山ほど出てきてしまうが、ここでは、「業界内の競争状態」と「バリューチェーン上の競争力」の二点について詳しく分析する。この二点によって、自社がパートナー候補企業とどのような交渉を行うべきかが変わってくるからである。
 「業界内の競争状態」とは、寡占であるか、競争が激しいかという点である。例えば現在のスマホのOSは、iOSかAndroidかという寡占状態である(WindowsやBlackberryもあるがごく少数である)。一方で日本におけるテレビの製造は、東芝、ソニー、日立、パナソニックなどが乱立する過当競争状態といえる。
 「バリューチェーン上の競争力」とは、川上あるいは川下の業界との交渉力の大きさである。たとえば自動車向けマイコンは従来、川下(顧客)である自動車業界に対する交渉力が弱く、自社の利益率を十分に確保することができなかった。一方でコンビニは、特に近年のPBの拡大と相まって、川上(食品製造業)に対する交渉力がさらに増しつつある。
 以上のような分析に基づいて、業界内のパートナー候補企業の具体的な名前を挙げていく。寡占状態であれば自ずと企業は絞られる一方、競争状態であれば業界のトレンドを踏まえて企業を特定したり、個別の企業の中計や戦略を検討したりする必要が出てくる。またバリューチェーン上の交渉力が強い業界であれば、パートナーとなることで隣接する業界に対しても影響力を行使できるようになるが、弱い業界であればより強い業界とパートナー関係を構築するほうが望ましいかもしれない。
 ある程度具体的な名前を挙げることができたら、次の③にて現実的な想定をしてみる。

③特定したパートナー候補企業のベネフィットを構想する
 ここでは、パートナー候補企業の事業に、自社の技術がどの程度の価値を提供できるかを検討していく。やはりこれまでと同様に、最終的に構築するべきエコシステムを考えて、どの企業がパートナーとして適当であるかを考えていく。例えば新たなライフスタイルを共に提案していくパートナーであれば、企業ブランドや理念も重要となるだろう。
 もちろん最終的にはパートナー候補企業にとっての財務的な成果に置き換えて考えることが必要である。例えば、パートナーの生産効率の向上に資するのであれば、どの程度のコスト削減につながるのかという点について。パートナーの新サービスの開始に貢献できるのであればそれがどの程度の売上向上につながるのかという点について、である。
 このような想定は、その後実際にパートナー候補にアプローチする際に直接的に役に立つ。このときの検討内容がそのまま提案資料になるからである。

 以上の①~③のプロセスを通じて、複数の業界を巻き込んだ事業を構想していくことができる。具体的な企業名を挙げて構想することで、新たなエコシステムの可能性を引き出すことにもつながってくる。というのも、複数の業界に対して自社技術を提供していくことで、自社だけでは想定していなかった用途の拡大や、自社の研究開発部門だけでは為しえなかった技術的なイノベーションを起こしていけるからである。
 そうなると今度は、自社がどのようにコア技術、コア事業を握っていくかという課題が出てくるが、その点については稿を改めて考えたい。

 いずれにせよ、潜在的に多くの業界を巻き込んだ事業を構築できる技術でありながら、すでにつながりのある顧客にのみ提供しているだけでは新たな成長は見込めない。必要なのは、他の業界に対して働き掛ける戦略の構築である。
 技術が大きな可能性を秘めているのに、それを活用した事業戦略が矮小であるのは、言ってみれば「纏足」のようなものである。大きく成ろうとする成長力を持ちながら、そこに着せる事業戦略という服が窮屈であれば、発展は望みにくい。むしろ子供の服は、少しゆったりしている方がいい。新たなエコシステムを構築しうる技術であれば、それに見合った戦略がなければならない。
 様々な技術者の方からお話を伺っていて、「誰もが夢を見ることができる技術」は、実はけっこうあるように思う。技術の身の丈に合った事業戦略が求められている。業界の枠を超えて、新しい仕掛けをしていこうとする戦略構築が必要である。

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