「グローバル・エイジ」のリーダーからの提言

株式会社イースクエア代表取締役社長 ピーター D. ピーダーセン  2008年11月19日

■ 資本主義が私たちに何をもたらしたか

 近代社会は、まぎれもない事実として資本主義社会である。資本主義の基盤を作ったのは、英文で900ページ強に及ぶ「富国論」(1776年)を著 したアダム・スミスと言われるが、彼は何も「資本主義」という言葉を使ったわけではないのだ。それはむしろ、そのような経済システムの欠点を指摘し、「資 本論」(1867年)を世に送り出したカール・マルクスであり、「資本主義」という言葉が広く使われるようになったのも、1900年前後とされている。

 私たちは、もはや資本主義とは何だったのかを振り返ることすらなくなっているのかもしれない。経済システムとしては、個人所有を重んじ、なるべく 自由な市場を媒介した取引を基本とし、そして営利を追求する資本家が資本を投下し、経済活動が営まれる仕組みである。ここまでは把握していても、資本主義 が何をもたらしたか、またその長所や短所とはどのようなものかを考える間もなく、私たちはその実践に取り組んでいるのではないだろうか。このコラムではあ えて、その問題点に着目し、真に「生命を育む資本主義」とはどのようなものなのかを考えてみたい。ここ数か月起きた金融不安の問題は、資本主義の病の症状の一つにすぎない。その根底にある課題にメスを入れてみたい。

■ 地球的メガトレンドを再考する

 20世紀後半に、より鮮明となった資本主義の二つの問題を象徴するものとして、下の二つの図を見ていただきたい。

1980~2000年
1人あたりGDPの推移(US ドル換算)
出典:World Economic outlook 2000より作成
1970~2000年
WWFの「生きている地球指数」
出典:ミレニアム生態系評価

注: この2つのグラフは、「サステナビリティの科学的基礎に関する調査2006」より引用

左は、IMF(国際通貨基金)の世界経済アウトルック2000に基づいて作ったグラフである。ここでは、最も豊かな20か国の一人当たりGDPと、 最も貧しい20か国の一人当たりGDPの推移(平均値)を、1980年から2000年までの間で示している。ご覧のとおり、一人当たりGDPの開きは、 1980年に30:1(約12000ドル約400ドル)だったのが、2000年には90:1となっていた(約27000ドル対300ドル)。しかもこの 間、貧しい20カ国の一人当たりGDPは絶対値で減少している。グローバル資本主義がITの力を借り、金融取引においても活発化したこの20年の間に、世界の格差は大きく開いていった。

 右のグラフは、世界自然保護基金、WWFの生態系調査によるものである。ここでは、さまざまな種類の生態系において、1970年から2000年に 至るまで、生き物(動物)の個体数のデータを示している。データから明らかなように、どの生態系でも生き物の数は著しく減少している。

 この二つの図は、あくまで象徴的なものだが、近代型の資本主義の最大の欠点を非常によく表現しているように思う。一部の人々には巨大な富がもたら されたが、資本主義は飢える人々の数を減らすことができず(その数は今年で8億5000万人から9億6000万人へと反対に増えていると言われる)、国家 間でも、多くの先進国の中でも格差が広がっている。さらに、自然資本の価値があまりに軽視されてきた結果、私たち人類の生命基盤であり、健全な経済活動の 前提でもある自然環境の健全性が危ぶまれている。最近は「生物多様性」がクローズアップされているが、それはつまり人類すべての活動を支える「自然のイン フラ」がガタガタに崩れつつあるということだ。

 資本主義は結果的に生命を破壊し、生活における不平等を助長する経済システムとなってしまったことを私たちは認識した上で、より健全に機能する 「生命を育む資本主義」をこの世代のうちに築く必要があると感じる。では、その「生命を育む資本主義」とはどのようなものなのかを考えてみることにしよ う。

■ 持続可能な資本主義の新しい「作動原理」

  私たちには、新たな「主義」の台頭を待つ時間がない。直面している気候変動など環境・社会的課題の緊急性を考えると、できるだけ早く資本主義に 新しい「作動原理」を導入する必要がある。各論を始める前に、その大原則を確認したい。私は、下記三つの原則が、資本主義とその主要なプレイヤーである投 資家と企業の基礎となるようにする必要があると考える。

 持続可能な資本主義(経済活動)の三原則

 

 これら三つからは、同時に企業の「利益」の概念を考え直す必要性が浮かび上がる。これから、真に卓越した企業<エクセレント・カンパニー>とは、利益を三重構造でとらえ、行動に反映できる企業であると考える。

 利益の三重構造

 

 現在の四半期決算偏重型の株主資本主義では、「事業利益」によってのみ企業やその経営者が評価されている。しかし、事業利益は、他二つの利益に組 み込まれていることを認識し、行動に反映しなければ、安心して次の世代にバトンタッチできる経済社会は実現しない。「社会利益」とは、事業を営むことに よって実現できる社会還元。もちろん税金を支払うこともその一つだが、企業はそれに留まらず、場合によっては社会的課題を解決するために事業を行ったり、 短期利益を高めるよりも社会的課題の対応のために若干利益を減らした方がよい時期さえあり得る。さらに、その上位概念として、世代を超えた「世代間利益」 がある。未来価値の担保や保護のために還元するという考え方である。

 具体的にはどのようなことなのか。例えば、最近は日本でも環境税や排出量取引などが議論され、ようやくこの秋に、試験的な排出量取引の制度が始動 した。これは、企業が利益の一部を「社会利益」ないし「世代間利益」のために使ってください、と要請されている社会制度の一つであり、持続可能な資本主義 を形成するために必要不可欠なものである(当然、それらの制度の設計自体については様々な議論があろう)。

 また企業がマーケティング活動と連動しつつ、自らのCO2削減に加え、商品やサービスのカーボンオフセットを行い(炭素相殺)、“始末”の精神に基づいて取り組むことも、同じように位置づけることができる。

 問題は、メインストリームの株主資本主義の中で、このような活動が積極的に奨励、評価されていないことだ。特に株式会社における“雇われ社長”の 場合は、「事業利益」の最大化のみならず、「社会利益」や「世代間利益」を高める経営スタイルが、株主からも本当に評価されるようになれば、いわゆる 「CSR経営」もずいぶんとやりやすくなるはずだ。

 今後世界各地で、このような原則や考えに基づいて資本主義の見直しと、新しい作動原理の導入が活発に議論されるだろう。この時に、短期的な貪欲が勝利するのか、それとも私たちの子供や孫の世代までを見渡した経済システムを築いていくという意志が勝利するかに未来はかかっている。

■ 環境成長経済の時代においてこそ、新しい資本主義は実現できる

 現在は金融不安により世界市場は乱高下を繰り返し、市況が悪い。しかし、もう少し先を見据えると、世界経済は2030年や2050年に向け、必ずや成長するのである。

  1. 人口 2008年の67憶人から2050年には92憶人に増える(国連中位予測)。実に25憶人(日本20カ国分)の増加である。
  2. 中流階級 途上国の中流階級は、2007年の4憶人から、2030年には12憶人へ増える(世界銀行データ)。彼らが新しい消費者となる。
  3. 食糧 1995年比で、2050年までに全世界で2.25倍の食糧が必要になる(FAOデータ)。アフリカに至っては5.14倍。
  4. 車の数 現在の約7憶台強は、2030年に13憶台前後にと予測されている(WBCSDデータ)。
  5. 都市人口 2007年の約33憶人から、2030年には50憶人を超えるとされている。(世界銀行データ)

 他にも様々なデータがあるが、いったん金融危機を乗り越えると、世界経済は確実な需要増により、成長軌道に戻る。しかし、2050年までの安定成 長を可能にするためには、生態系(自然環境)が崩壊しないこと、そして大規模な社会不安が発生しないことが、絶対的条件となる。だからこそ、時代のメガト レンドとして、世の中はサステナブル・キャピタリズム(持続可能な資本主義)へと必ずや向うと信じている。私たち人間に知恵が少しでもあれば、の話である。

そして、私の持論ではあるが、「環境成長経済」が実現する。すなわち環境に優れた企業や商品・サービスが世界各地で優遇され、獏大なる市場規模へと 発展するという考え方だ。この中では、上記のような原則に則って経営を実践ができる企業、そして環境成長経済下必要な革新を続けられる企業は、大きなビジ ネスチャンスを獲得することができる。

■ 最後に: 私たちは文明的・精神的進化を遂げられるか

 人類社会がここ数十年のうちに真に「持続可能」といえる方向に向かうかどうかは、最終的には私たちのヒトとしての文明的・精神的な進化にかかって いるのではないか。人類は、頭脳が発達したホモ・サピエンス(正式には、ホモ・サピエンス・サピエンス)と言われているが、21世紀半ばまでに「ホモ・ソ シエンス」へと「進化」する必要があると考える。「ソシエンス」は社会(ソサイエティ)の語源からとっており、その意味とは、このようなものである:

ホモ・ソシエンス(homo sociens): 共鳴、協働、共創できるヒトへ

  • 他の生命・生き物および将来世代と共鳴できるか
  • 内と外(特に国家・民族)の境界線を越えて、他と協働できるか
  • 望まれた未来を共創によって実現できるか

 国家間、科学界、市民社会においては、地球規模での様々な協働が始まっていることは確かである。企業もこのような大きなうねりに対して、どう主体的に参加するかをぜひ考え、そして実行して欲しい。

ピーター D. ピーダーセン

ピーター D. ピーダーセン

・所属・役職
株式会社イースクエア代表取締役社長

・略歴
1967年、デンマーク生まれ。
株式会社イースクエアの代表として、日本企業や行政機関とともに、CSR・環境・持続可能性に係る380以上のプロジェクトを、2000年以降実行している。2002年にLOHAS(健康と環境を志向するライフスタイル)を日本に紹介した一人としても知られる。著書に、「LOHASに暮らす」(ビジネス社)などがある。

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