「グローバル・エイジ」のリーダーからの提言

株式会社イースクエア 代表取締役社長 ピーター D. ピーダーセン 2009年11月25日

■第5の競争軸の台頭

 「競争軸」とは、それぞれの時代において、企業として生存・発展できるか否かを左右する最も重要な経営要因である。古今東西、重要な競争軸だったといえる「自己変革力」(つまり、抜本的な革新を自ら興し、続ける経営能力)に加え、20世紀後半の市場においては、「マーケットシェア」「価格・根付け」「品質」が主要な競争軸だったといえる。第4の競争軸である「品質」は、まさに日本企業が極められてきた競争軸でもあり、ゲンバ、カイゼン・マネジメント、カンバン方式などといった日本語は、世界共通のビジネス用語にまでなった。
 しかし、社会・環境制約の変化を受け、21世紀市場においては、これら4つの競争軸に加え、第5の競争軸をマスターすることが求められている。図2のように、この競争軸を「環境革新(グリーン・イノベーション)+持続可能性の追求(サステナビリティ)」と捉えることができる。
 

図2:企業の生存・発展を左右する5つの競争軸
  
 第5の競争軸の台頭は、企業の規模を問わず、また国内を対象市場としていようが、グローバル市場に進出している企業であろうが、経営に影響を与えている。その度合は、業種によって濃淡こそあるものの(化学や重工業の企業は、サービス業の企業より直接的に影響を受ける)、基本的な原理・原則や時代の要請が変わるものではない。環境に対して、これまでの延長線上ではなく、革新的に、且つ、市場における差別化を図りつつ取り組むこと。そして、企業として、社会の健全で持続可能な発展に貢献・寄与するための意思と戦略をもち、揺るぎなく行動を続けること。この2つはセットで、これから企業として選ばれ、そして選ばれ続けるか否かの重要な決め手となるのである。そして、幸いなことに、この競争軸に取り組むことは、市場から”積極評価”されるようになってきている。つまり、お客様と投資家からも、グリーン・イノベーションの創出に努め、事業を通じて、新たな社会価値を目指す企業に対して、優先的に取引をしようという意向と行動が表面化している。

■企業が今後目指すべきは「サステナブル・バリュー=持続的価値」の創出

 企業は、第5の競争軸を極め、近未来の市場に適応した強い競争力を確立するために、「自社の企業価値の向上」と「社会価値の創造」を完全に同軸で捉え、経営戦略と事業戦略を立案し、実行することが求められている。このような価値創造を、私は、サステナブル・バリュー=持続的価値と定義づけている。もはや、自社の企業価値の向上と社会価値の創造との間に二律背反の関係、つまり、「トレード・オフ」の存在を「やむを得ないことだ」と考える企業は、21世紀の市場原理によって早かれ遅かれ窮地に追い込まれる。揺るぎない経営の方向感として、むしろ「トレード・オン」を目指すことが必須となっている。「トレード・オン」とは、私が拙著「第5の競争軸」で用いる造語の一つだが、その意味は単純明快である。企業の価値向上と社会価値の創造との間に、”善の循環”や、明確な相乗効果を目指して取り組むことが必要だという考えである。一夜にして実行することはできないにしても、経営の認識として、そして戦略においても「トレード・オン」を目標とすることが死活問題ともいえよう。
 これからのCSR経営も、単なる「コンプライアンス」や「説明責任」の領域を超え、むしろ、サステナブル・バリュー・マネジメント(SVM)になると断言してもよかろう。かつての第4の競争軸、品質を極める経営の体系としてTQM(トータル・クオリティ・マネジメント)やTQC(トータル・クオリティ・コントロール)という、総合的品質経営の方法論が確立されたのと同じように、これからの企業にはSVMという、持続的価値経営の哲学、方法論、実践が必要不可欠になると考える。

■三つの世代で捉える現代の企業

 このような「サステナブル・バリュー=持続的価値」に取り組んできた20世紀後半以降の企業を、三つの世代に分けて捉えると分かりやすいだろう。第一世代は、米国のアウトドアウェアメーカーのパタゴニア、英国の化粧品チェーンのザ・ボディショップ、日本のオーガニックスーパーのナチュラル・ハウスのような企業だ。彼らは、経営のミッションそのものに、サステナブル・バリューの創出、つまり環境・社会的課題への対応を組み込んだ、「天性・革命型」であるといえる。1970年代に多く生まれ、そして、昨今の政策動向と市場要請の変化を受け、急速に増えているカテゴリーである。
 第二世代は、米国カーペットメーカーのインターフェイス、北欧ホテルチェーンのスカディック・ホテルズ、日本の化学・住宅メーカーの積水化学工業ように、市場からさほど強い要請がない時代から、経営者の気づきや危機感の表面化によって環境・社会革新に取り組み始めた部類である。これらの企業を、私は、「改心・プッシュ型」と名付けている。つまり、自ら改心し、市場からの要請の表面化に関わりなく、サステナブル・バリューの重要性をプッシュ型で訴え、事業を刷新してきた企業である。1990年代に、このような改心に踏み切った企業が多くみられる。
 最後の第三世代は、世界最大の小売、米国のウォルマート、世界最大の乳製品メーカー、フランスのダノン、そして日本の日産自動車といった企業である。市場から(つまり、お客様と投資家から)のグリーン・イノベーションや持続可能な企業経営への明確な要請が出始めてから、「革新・プル型」で事業戦略と商品ラインナップを改めてきている企業である。日本において、いま注目すべき一社は、「電気自動車」になかば社運をかける日産自動車だろう。マイナー志向としてエコカーに取り組むのではなく、「グローバル・リアルカー」として、つまり、戦略車として2010年に「リーフ」という電気自動車の市場投入を目指し、抜本的に変わろうとしている一社である。
 企業のそれぞれの世代から学べる要点は異なってくるが、地球人口の一貫した増加と、豊かな暮らしへの欲求による消費拡大が、今後数十年において、社会・環境制約のさらなる厳格化をもたらすことは、「未来の確定要素」と捉えるべきである。この未来の事業環境に既に書き込まれている「未来の歴史」のようなものによって、政策動向と消費慣行のさらなるグリーン化は必然的とみている。企業として、サステナブル・バリューの実現に向け、どのような革新を起こし、市場において第5の競争軸を極めることによって如何にして差別化を図るか。これは、同時に「強く優しい企業」を築くための、現代経営の至上命題ではないだろうか。
 
(おわり)

ピーター D. ピーダーセン

ピーター D. ピーダーセン

・所属・役職
株式会社イースクエア 代表取締役社長

・略歴
1967年デンマーク生まれ。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。
環境・CSRコンサルティングを手掛ける株式会社イースクエアを2000年に設立、日本企業、行政機関、大学とともに約400のプロジェクトに携わる。
2002年に、「LOHAS」(健康と環境を志向するライフスタイル)を日本に紹介した一人としても知られる。
2009年9月に、朝日新聞出版より、「第5の競争軸 ~21世紀の新たな市場原理」を発刊。

・著書・訳書など
『LOHASに暮らす』2006年1月、ビジネス社
『第5の競争軸 ~21世紀の新たな市場原理』2009年9月、朝日新聞出版

 

 
 
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