新商品・新事業開発「バリュー・コンセプトメイク」

ニューチャーネットワークス 福島 彰一郎
ニューチャーネットワークス 甲畑 智康
 2009年2月4日

■ コミュニケーションを切り口にした情緒的ベネフィットの可能性

 アメリカの心理学者アブラハム・マズロー は、人間の欲求は「生理的欲求」「安全の欲求」「親和の欲求」「自我の欲求」「自己実現の欲求」の5段階 のピラミッドのようになっており、底辺から始まって、1段階目の欲求が満たされると、1段階上の欲求を目指すという説を唱えています。「生理的欲求」と 「安全の欲求」は、人間が生きる上での衣食住等の根源的な欲求、「親和の欲求」とは、他人と関りたい、他者と同じようにしたいなどの集団帰属の欲求で、 「自我の欲求」とは、自分が集団から価値ある存在と認められ、尊敬されることを求める認知欲求のこと、そして、「自己実現の欲求」とは、自分の能力、可能 性を発揮し、創造的活動や自己の成長を図りたいと思う欲求のことです。

 昨今の日本の社会を大きく俯瞰してみると、衣食住 等や安全といった欲求は基本的には満たされていると考えてよいでしょう。では、「親和の欲求」に ついてはどうでしょうか。インターネットの普及などより自分の関心があるコミュニティ(集団)を容易に見つけられるようになりましたが、便利になった反 面、人と人との関わりは以前よりも表層的なものになってはいないでしょうか。この「親和の欲求」は一昔前よりも満たされていないのではないかと考えられま す。

 第2回メルマガまでで、情緒的ベネフィットに訴求する商品・サービスは大きな差別性を持つと説明してきました。しか しマズローの欲求段階説で考え れば、他者とコミュニケーション・交流すること(集団帰属)にもベネフィットを見いだすことができます。そう考えると、企業が提供する商品・サービスだけ が顧客に情緒的ベネフィットを提供するのではなく、他者とコミュニケーション・交流することの中にも情緒的ベネフィットが含まれているのではないか、と考 えられます。

 今回のメルマガでは、情緒的ベネフィットが商品・サービスだけでなく、他者とのコミュニケーションを仕掛け ることによっても実現されるのではない か、という上記の仮説をもとに、実態調査を行なってみました。この調査は、一人のユーザーとしての視点から、情緒的ベネフィットにつながるコミュニケー ションがどのように起こっているかを把握することに重点を置いて行ないました。

■ 東京・銀座における老舗ビジネスのフィールド調査

 今回、フィールド調査の対象エリアとして、東京・銀座を選んでみました。その理由は次のとおりです。

 エリアの特徴としては、銀座の中心地である、東京都中央区銀座4丁目(山野楽器銀座本店)は、2008年の公示地価の発表で、「商業地」の地価の最高額である1平方メートルあたり3,900万円と高単価であり、日本を代表する繁華街といえます。

 客層の特徴は、10代、20代が集まる新宿、渋谷、原宿とは異なり、20代後半以上の落ち着きのある男女が多くみられます。

  地価だけを見ても日本トップといってよい繁華街において、しかも消費経験が豊富な客層がターゲットという競争の激しい環境で、「100年以上」ビ ジネスを行なっている老舗企業には、「長期にわたってお客様の心をとらえ続けるための成功要因」があるはずです。この成功要因の中に、商品・サービスだけ でなく、コミュニケーションにおいても何か工夫ある仕掛けがあるのではないかと考えました。

 "銀座″"100年以上のビ ジネス″をキーワードとして該当する企業を探すと、代表的なものとして、木村屋総本店(パン)、銀座菊水(喫煙具)、 伊東屋(ステーショナリー)、鳩居堂(調香)、竹葉亭(うなぎ)などが上がってきます。今回は上記のうち、木村屋総本店(パン)、銀座菊水(喫煙具)を フィールド調査の対象としました。参考までに、各企業の概要をあげておきます。

企業概要

企業名

株式会社木村屋総本店

創業/業態

1869年3月(明治2年)に創業し、パン、菓子製造・販売

資本金

40,000千円

社員数

480名

事業所数

4箇所

店舗立地

銀座中央通り沿い

チャネル

銀座の店舗販売、百貨店、高級スーパーなど

特徴的な沿革

明治7年:木村安兵衛が酒種あんぱんを考案、発売。
明治8年:明治天皇の水戸家への行幸の折、侍従山岡鉄舟より酒種あんぱんが献上され、ご試食の栄を賜る。天皇のお気に召し、皇后は特に愛され、引続き上納の栄を賜る。後、宮中御用商に加わる。(木村屋総本店HPより)

 

企業概要

企業名

銀座菊水

創業/業態

創業1903年、煙草 喫煙具の専門店。常時1,200本のパイプを品揃え

店舗立地

銀座中央通り沿い

特徴的な沿革

戦中、戦後とタバコ販売が統制をうけるが、GHQの将校をターゲットとした、喫煙具の修理を行うことでビジネスを継続させた。
■ フィールド調査結果

 フィールド調査は、ニューチャーネットワークス コンサルタントの甲畑が、一人の顧客としての視点で行ないました。

1.木村屋総本店(パン)

 店舗は、カルティエ、ブルガリ、シャネルなどの有名高級ブランド品店、松屋、銀座三越などの老舗百貨店が並ぶ銀座中央通りに面しており、隣には2008年度日本で最も地価が高い山野楽器銀座本店があります。

 調査時(平日・昼間)の来店者は、40代50代の女性と、外国人観光客など8名程度です。
入 口を入ってすぐのところに、150円前後のあんぱんが伝統を感じさせる箱に並べられています。インターネットで検索した時の印象ではあんぱんのイメージ が強かったですが、実際は売り場の8割程度を食パン、菓子パン、サンドイッチなどの他のパンが占めていました。ブランドイメージとなっている“あんぱん” は、雰囲気の良い箱に陳列され、あんぱんの種類(粒餡、漉し餡、うぐいす餡、ゆず餡など)を紹介するPOPがつけられていました。また、あんぱんコーナー には創業当時をイメージさせるのれんがかかっていました。

 フロア面積は50坪くらいで、通路幅は人が2人ぎりぎりすれ違える程度。売り場の2割弱があんぱんのコーナー、残り8割強が菓子パン、サンドイッチ、食パンなど、あんぱん以外の商品で占められていました。

  来店者の購入シーンを観察していると、「①サンドイッチ、菓子パンなどを購入する顧客」「②あんぱんのみを購入する顧客」とに分かれていました。 ①の場合は一人あたりの購入数量が少なかったため購入者自身が食べるのだろうと思いました。一方、②の場合は、一人あたりの購入量が多く、自分も含めた家 族や友人同士、職場のスタッフなどでわけて食べるのだろうと思いました。あんぱんを8つ購入されたお客様に、なぜ買ったのか理由を聞いてみると「今日はこ れから家に友人が来るので、一緒に食べようと思って。」とのことでした。

 また観察するだけでなく、実際にあんぱんを6つ 購入してみました。まず見た目は、コンビニなどで売られているあんぱんに比べ、ずっしりとした重量 感、密度感があり高級感があるように感じました。手にとってみると、小ぶりで丸みがあり柔らかく、手のひらに優しく収まる形状は安心感があり、なぜか昔、 父親や友人とキャッチボールをしたときのことを思い出しました。キャッチボールというのは、ボールを投げ合っている間、頻繁に話をするわけではないけれど も、無言のうちにコミュニケーションがなされ、相手との一体感を味わうことができます。また大学時代、私が「身体芸術」を追求していたころに入団してい た、ある劇団のことも思い出した。準備運動を始める前に、全員が円になりバレーボール大のやわらかいゴムボールを投げあい、リーダーが「ストップ」と言っ たときにボールを持っていた人が、その日の意気込みを発表します。これを繰り返すことで、メンバー全員の一体感とモチベーションを高めていました。丸い形 状のものは心理的に安心感を生み出し、相手とのコミュニケーションを円滑にする心理的作用があるではないかと思いました。

 そして、実際に食べてみると、食感が独特な「もっちり」とした生地に、適度な甘さの餡がぎっしりつまっていました。「あんぱん」は、私は普段、滅多に食べないのですが、この「あんぱん」ならば週3回ぐらいはおやつに食べてもいいかと思うほどの美味しさでした。

 とはいえ自分一人で一度に食べられるのは2個が限界で、残りは職場のスタッフで分けました。すると、あんぱんの美味しさで喜んでもらっただけではなく、 普段仕事だけのコミュニケーションになりがちな職場スタッフとも、仕事以外の話で非常に盛り上がりました。"日本で初めての酒種あんぱん″"明治天皇への 献上品″という伝統や歴史などのストーリーのある高級あんぱんを媒体として、その場のメンバーの間に「笑顔」「温かい気持ち」「一体感」などが生まれたよ うに感じました。

2.銀座菊水(喫煙具)

 店舗は、木村屋と同じ銀座中央通り沿いにあり、道を挟んで斜め前には、2008年にオープンしたスウェーデン生まれのアパレル企業H&Mがあります。この店はファッション性の高い商品をユニクロと同程度の価格帯で取り扱っています。

 調査時(平日・昼間)の来店者は、私服の50歳代男性が3名、40代のビジネスマンが1名、50代以上の女性4名のグループでした。

  商品の9割以上がパイプであり、価格は幅広く、一万円前後のものから数十万円のものもありました。自社オリジナル商品である菊水オリジナルのパイ プを製造販売するほか、パイプに詰める煙草は50gで千円前後、葉巻、キセル、普及品タバコといった喫煙関連商品と、時計なども取り扱っていました。ま た、さりげなく、自店が紹介された書籍がパイプの陳列ケースの上に置かれていました。

 店舗の入口には、普及品タバコ、時 計を配置し、パイプユーザー以外の人でも入りやすい雰囲気をつくっていました。また、そういったお客様をパイプ の新規顧客として想定していると考えられます。店舗内は、整理整頓、清掃が行き届いており、落ち着いた雰囲気がありました。スタッフは男性5人で、20代 から60代の紳士的で無口な印象の方々です。こちらから話しかけない限り積極的な接客は行なわず、パイプの使い方のレクチャーなどをゆったりとした接客ス タイルで行なっておりました。パイプを通して、時間がゆったりと流れる空間を提供しているという印象を受けました。

 スタッフの方に、パイプの特徴を聞いたところ、「最近、日本のキセルも売れていますが、キセルは入れる煙草が少ないため、吸っては葉を棄て、棄て てはまた入れて吸う、と、何ともせわしないのですが、パイプは一度に入れる葉が多いため、40分程度はゆっくり吸うことができます。また、自販機で売られ ている通常の煙草とは吸い方にも違いがあります。パイプは口を半開きにしたままくわえ、吸うというよりも呼吸をするようにすると、自然に煙が入ってきま す。」と説明してくれました。欧米の文化と日本の文化の違いを垣間見た気がしました。また、今のような時間に追われる時代だからこそ、パイプが作り出す、 ゆったりとした贅沢な時間が必要とされているのではないかと感じました。

 スタッフから来店者への店内セールスは特に行 なっていませんでしたが、スタッフの一人が「○○さん、ごぶさたしております。」と電話をかけていま した。新規のお客様への店内営業は控えてお店でのゆったりとした時間を味わっていただき、既存のお客様へはきめ細やかな個別の営業を行なっている様子が窺 えました。

 スタッフにどのような方が来店するのかを聞いてみると、「親子三代に渡ってご贔屓いただいております。」とい う答えが返ってきました。パイプを通 して、一般的になかなか会話をしづらい父親と成人した子供との間にコミュニケーションが生まれるのだそうです。親子三代という長い年月を通じて行なわれて いくことで、「親子のコミュニケーション自体の物語」が重奏的に受け継がれていき、そこには時代や世代を超えたコミュニケーションが生まれるのでしょう。

  それから、「パイプは大切に扱えば長く使い続けることができ、使い続けることでその人独自の風合いがでてくるものです。」ともおっしゃっていまし た。手に入れた時には汎用的な商品でも、大切に使い続けることにより、"世界にたった一つしかない自分だけのパイプ″に熟成されて、いわば自分の"体の一 部″のような、人生においてかけがえのない存在に変わっていくのです。これはマズローの欲求段階で言えば「自己実現の欲求」にあたります。「自分らしさ」 をパイプで表現し、それが他者から評価される。これはまさに情緒的ベネフィットであるといえます。

 私も実際にパイプを購入して使用してみると、使うたびにパイプにヤニや手の脂がつくことで、徐々にパイプの表情が変化するのがわかりました。自分らしさをパイプで表現するにはまだまだ時間がかかりそうですが、このパイプに愛着を持ち始めたことは確かなようです。

■ コミュニケーションを切り口に情緒的ベネフィットを生み出すための成功要因とは

  今回、コミュニケーションを切り口にした情緒的ベネフィットの可能性について、木村屋総本店、銀座菊水を対象として調査を行ないましたが、実際に 店舗に行ってみると、一口に「コミュニケーション」といっても、様々なバリエーションがあるのだということに気づきました。また一方で、コミュニケーショ ンが情緒的ベネフィットを生むには、やはりその商品自体にもベネフィットを生む要素がある、ということをあらためて感じました。

 調査結果は、一人の顧客としての視点で行なった調査のため仮説レベルの内容ではありますが、コミュニケーションを切り口に情緒的ベネフィットを生み出すための成功要因をまとめてみたいと思います。

  • 成功要因①:顧客同士のコミュニケーションが起こるには、なんといってもその触媒となる商品・品質が「本物」である必要があります。高品質・独自性がなければ、その商品はただの汎用品になってしまうため、コミュニケーション自体は盛り上がりません。
  • 成功要因②:商品に「歴史」や「作り手のこだわり」などの物語があることも重要です。その情報が顧客の間で共有されることでコミュニケーションが促進されます。その結果、一体感や学び、気づきといった情緒的ベネフィットが生まれます。
  • 成 功要因③:長期にわたって使用することができ、また時代を超えて受け継がれていくような商品であることもポイントになります。商品を通じてコミュニケー ションが起こり、そのコミュニケーションの内容を商品自体が蓄積・継承していくというコミュニケーションの重奏的な継承が、更なるコミュニケーションもた らし、情緒的ベネフィットを向上させます。
  • 成功要因④:商品にカスタマイズ性があり、自分だけの商品になることにより、自己実現が可能になります。また、自己のオリジナリティーが他者から評価されるということも、情緒的ベネフィットとなります。

  上記以外にも、情緒的ベネフィットにつながるコミュニケーションの仕掛けには多様なバリエーションがありそうです。商品・サービスの差別性で悩ん だとき、このようなコミュニケーションの切り口から発想してみるのもよいかもしれません。共創・創発的発想を促すためにも、皆様も一度、調査仮説を持ち、 実際にタウンウオッチングを行ってみてはいかがでしょうか。

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