新商品・新事業開発「バリュー・コンセプトメイク」

ニューチャーネットワークス 高橋 透 2010年2月3日

 製品・サービスの「コンセプト企画」における、最大の阻害要因は、企業や組織が掲げる売上、利益、シェアなどの“業績目標”である。それらの“業績目標”を強く念頭において「コンセプト企画」を考えることは、生活者を、業績達成のための手段として考え、情報処理しやすい記号として扱ってしまう可能性がある。記号としての処理とは、様々な個性、ライフスタイルをもつ多様な生活者を、製品やサービスを需要する“消費者”とだけ捉える。それは消費者市場をセグメントし、ターゲットを切り出し、ニーズを分析し、誰もが買ってくれそうな“平均的”な製品・サービスを考えることである。このような業績志向から生み出された“平均的”な製品・サービスは、結果としてインパクトに欠け、生活者の気持ちに響かない、感動のない新製品・新サービスになる。 
 このような記号的発想は、これまでMBAコースや経営コンサルタントが主張してきた“マーケティング戦略”そのものとも言える。いわばこのMBA的なフレーム志向、ハウツー志向が企業の「コンセプト企画力」を低下させ、その結果、環境破壊、資源の無駄遣いの原因ともなる「廃棄される製品・サービス」を生み出してしまっている。
 本来「コンセプト企画」には、生活者のリアリティある「生活背景」を丹念に読み取り、その本質を把握することが必要である。「生活背景」とは、製品やサービスを購入し、使用し、ベネフィットを感じることである。しかし業績向上を急ぐあまり、本来補助的なツールであるはずの、お手軽なマーケティングのフレームやハウツーが重視されすぎ、「生活者の背景」をじっくりと把握することがおろそかになったり、忘れられたりしている。企業によっては「『生活者の背景』を知るために時間やコストをかけることは無駄」と考える企業も少なくない。
 このような最近の製品やサービスの“コンセプト企画”に関する危機的状態を危惧し、今回はこの「生活者の背景」を知ることつまり“文脈発見・創造力”に関してお伝えしたい。

■“コンセプト企画”のための“文脈”とはなにか

 皆さんが次のボーナスで自動車を購入するとする。さてどのようなことを考えるであろうか。たとえばある上場企業の課長さんのケースを想像すると次のようなものになる。
 
 「最近は会社の業績も厳しいし、負担の大きいローンは組めない。300万円が限度だ」
 「もう2年もすれば子供が社会人になるので、大きな車は必要ないな」
 「部長になったら取引先の経営トップとゴルフに行くことも多くなるから、高級感のある車がいいな」
 「学生時代からスポーティーな車に憧れていたが、一度も買ったことがない」
 「このあいだ飲み会で部下に『課長はBMWなんかに乗っていそうですね』と言われた。まんざらでもない」
 「『300万円使うなら、キッチンとお風呂のリフォームが先』と女房に言われそうで、正直心配」
 
 生活者はそれぞれ様々な背景を抱えている。その背景の要素をあれこれ考え、ある製品・サービスに対し、それらの要素がうまくつながり、一つの流れができた時、購入を考える。この要素のつながりや流れのことを「文脈(コンテクスト)」と呼ぶ。生活者の場合は“生活文脈”と呼ぶ。法人顧客にも文脈はある。法人顧客の場合は、企業の経営環境、戦略、業績の状況、社長や役員の構成、製品ラインナップなどの様々な企業の要素のつながりが文脈となっている。今回はわかりやすくするために生活者に絞って話を進めたい。
 生活者の文脈を把握することは、単位に生活者の背景情報を入手することではない。背景情報を何らかの視点でつなげ、流れをつくることが「文脈化」である。つながり、流れになって、初めて文脈という。
 先の課長さんのケースを、私の妄想力を働かせ文脈化すると以下のようになる。

  • もうすぐ成人するお子さんのいる50代はじめのすてきな夫婦が
  • 若いときに憧れていたスポーツタイプの車で
  • ある晴れた休日の朝、思い立って気軽に伊豆までドライブし、海辺のホテルでランチする。
  • そこで、先日参加した、業界の経営者との川奈ホテルでのゴルフコンペの話題になって
  • そのとき社長に「俺も運転手付きの黒い社用車に乗せられる前に、君みたいな車にのっておくんだったな」と言われたことを家内に話した。(もしかして現社長のうちに取締役になれるかも・・・)
  • 家内も、この車でオーガニックフードのお店に買い物に行くのが楽しみとか
  • 中古だけど、やはりBMWの3シリーズにしてよかった!
  • しかも300万円以内だから、ローンの負担がそれほどない!!

 奥さんのキッチン、バスのリフォーム要求のプレッシャーをうまく回避し、自分にも奥さんにも嬉しい“50歳代のエグゼクティブとその夫婦”のライフスタイルという視点での文脈ができたといえる。

■生活者の文脈の要素

 生活文脈を把握するには、ある一定以上の時間と深い洞察力が必要になる。ある生活を知ることとは、生活の場、仕事、趣味、土日の行動、平日の行動、交友関係などから“その人の人生を知る”ことともいえる。

 
 生活者の生活文脈は大きく3つにカテゴライズするとわかりやすい。
 
①生活者の“価値観”
 生活者の“価値観”とは、生活者の生活、人生全体の重点。考え方の基本を示す。「経済的な豊かさ」「子供の成長と将来の活躍」「自分らしい生き方、趣味」「会社や社会での活躍」など、人には生きる上での重点がある。特に住宅、自動車、保険などの金融商品、高額品の購買行動や、製品やサービスに対するニーズはこの価値観の影響を受けることが多い。経済社会が成熟化すると、消耗品であっても高品質で高価格な製品はこの価値観が大きく影響する。価値観は心理学者エイブラハム・マズローの5段階欲求説の中の3段階“社会的欲求”4段階“自尊の欲求”や、5段階の“自己実現の欲求”を満たすものである。
 また、価値観は決して一つではなく、「環境への貢献をしながら、豊かさや自分らしさを感じられるもの」などといったように複合していることが多い。生活者の価値観を把握するには、まず自己の価値観にも目を向け、また多様な価値観に対する理解力を鍛えておくことが重要である。なぜなら人の価値観とは絶対的に存在するのではなく、相対的なものだからである。自分らしさつまり、自己の価値観を意識することは、他者の価値観を理解しやすいことになる。「コンセプトの企画」をするにはまず自分の価値観はどのようなものであるかを認識することが大切である。

②生活者の“行動”
 生活者の“行動”の理解とは、生活者が24時間どのような行動にどの程度の時間を要しているかを把握することである。生活者の“行動”には、睡眠、食事、仕事、休憩、買い物、会話、情報収集、学習などの生活行動すべてが含まれる。具体的にいつどのような行動に、どのぐらいの時間を使っているのかを把握する。
 “行動”は、生活者のおかれたライフステージ、家族形態などによって大きく変わる。日常行動か、イベント、長期休暇の時などの非日常行動なのかといった場面、20歳代、30歳代、40歳代といったライフステージや、独身、夫婦子供なし、夫婦子供小学生以下など家族形態などの状況やシーンによって行動の特性も変わってくる。
 生活者の行動は目にも見えやすく測定も行いやすい。生活者の行動とは、価値観がある特定の状況やシーンで生み出されるものの反映といえる。従って生活者の行動特性をうまくつないでいくことで、さかのぼって価値観を想定できる可能性もある。

③生活者の“ニーズ”
 生活者のニーズとは、製品・サービスに対する要求そのものである。文脈を構想する上で、生活者のニーズはインタビューや観察などで把握できるものもあるが、現在の日本のような物理的な欲求がほとんど満たされた成熟社会では、そう簡単に聞き出せるものではない。従って、生活文脈を見いだす中で、新たな潜在的ニーズを発見するか、もしくは全く新しいニーズを創造することが必要となる。
 製品・サービスのニーズは、前回のコラムでも述べたとおり、製品・サービスのコンセプトの内容構成で、大きく4つに分類される。「基本的要素」「付加的要素」「情緒的要素」「自己実現的要素」である。「基本的要素」とはその製品・サービスのカテゴリーにおいて欠くことのできない要素である。「椅子」とういうカテゴリーであれば、「椅子の材質」「座」「脚」が基本要素といえる。付加的要素とは、基本的要素を支え、付加価値をつけてくれる要素である。「椅子」であれば、「背」のあるなし、肘掛けのあるなし、折りたためるか、重ねて収納できるかなどの要素である。「情緒的要素」とは、デザイン、材質の質感、カラーなど使う人の「嗜好」「好み」に関わる要素である。「自己実現的要素」とは使う人の基本的な価値観に関わる要素である。たとえば親父の代からの「椅子」を修理して使う。環境資源に配慮して木の破材でつくられた椅子などといったものである。カテゴリーの区分はあまりはっきりしたものではない。

■“文脈”の発見・創造は「主観」の力である。

 意外と思われるかもしれないが「文脈の発見、創造」のコツとは「主観的なものの見方に自分を持っていくこと」である。MBA的なマーケティングは、論理的な思考で取り組む。しかし生活者の文脈を把握するにはその反対に「主観を大事にすること」が重視される。対象生活者が自分と年齢、性別、価値観が大きく異なる場合は、生活者と同じ立場で主観的に考えることは難しいため、その場合は共感することになる。
 しかし、それはあくまで主観的な「共感」であって客観的な「分析」ではない。なぜ主観か。ご自身のことを考えてみればわかる通り、生活者は合理的に選択しているが、あくまでそれは「自分自身にとって」合理的なのであって、社会経済的に合理的なわけではない。その「自分自身」こそ、把握するべき対象である。従って把握する自分自身が主観的に物事をとらえなければ、生活者に近づくことはできない。
 「会社の会議室ではだめだが、家でリラックスしている時や、街をぶらぶらしているときによいアイデアが浮ぶ」という話はよく聞くが、それならば会社に来ない方が業績は上がるはずだ。よく考えてみると主観的な見方、考え方が大切な「コンセプト企画」では、会社の中で考えることが非常識なのではなかろうか。しかし、現在の多くの企業の現場では、主観的なもの見方、発想を仕事に持ち込むことは大変難しい。企業経営には曖昧さが許されないためである。新製品開発の企画書であれ、何であれ、すべては客観化されていなければならない。しかしそれは生活者から離れ、業績を悪化させる原因にもなりかねない。
 

■“文脈”の発見・創造の考え方と技法

 現在のような成熟化した経済社会の中で、企業の立場で生活者の“文脈”の発見・創造を行うには、イノベーティブな仕掛けが必要である。そのためにニューチャーネットワークスでは、3つの段階の仕掛けを行っている。

 
①生活者との直接接点と関係の構築
 まずは生活者との接点をつくることが必要である。「接点?それならばどこにでもあるでしょう。」果たしてそうだろうか?仕事に追われ、ご近所づきあいも少ない男性中堅社員には取引先との接点はいくらでもあるが、生活者との直接接点は意外に少ない。ネットや調査機関の情報はあるが、直接対話できる接点が少ない。パネルやモニターのような形で生活者との直接接点をつくらなければならない。
 接点をもったら、次に互いに本音で対話できるように適切で、楽しい友達関係をつくれなければならない。社内や取引先との会話は仕事の話題で間を持たせることができるが、生活者との間では話題が豊富でなければ、相手にしてもらえない。日常の生活のこと、趣味、芸能界の話題などをしかも仕事モードではなく、主観モードで把握していなければ話は盛り上がらない。
 生活者である主婦の方を交えた企業でのワークショップで、生活者同士の話題は盛り上がっているが、いつまでたっても企業側の人がその話題に入っていけないことをよく見かける。特に上位の管理職になればなるほどそれが顕著である。話題の乏しさとコミュニケーション力の低さを強く感じる。

②主観化のための経験の共有
 主観化とは、コンセプトの企画主体が、生活者の行動とそこで感じることを共有することである。そのために企画主体自身が、生活者の置かれた環境を理解、共有し、ともに行動することで、観察という外部からの認識を超えて、主体的にその時の考え、感情、感覚を共有する。主観化の作業は少し時間がかかるものとなる。具体的には生活者の生活の場へ訪問し、一生活者としてある一定時間ともに行動する。そこで生活者と同時体験をする。簡単に言えば、生活者と同じことをやってみて、「肌身で」感じ取れることを文脈の題材として把握することである。食器洗剤の開発であれば、丸一日どこかの家庭で生活してみる。たとえば炊事、洗濯、食事の用意、食事、片付け、食器洗い、買い物、育児、お化粧などを経験する。企画対象の食器洗いだけでなく、食器洗いという作業の周辺の行動をできるだけ行ってみる。生活の中の洗濯の位置づけ、他の仕事や行動との関わりが見えてくる。食器洗剤による手荒れが気になるのは、意外なシーンだったりする。このような作業を生活者と一緒に行うことで「疲れた」「憂鬱な気分」「楽しい」「気持ちよい」「楽しい」といったことを、自分自身のこととして体で感じ、深い共感を得る。そこでは、企画対象の製品やサービスは、それ単独で利用されているのではなく、様々な環境、行動、考え、感情などと結びついた一つの文脈の一部であることが解ってくる。
 
③ある程度の客観化とストーリー化、再度共有
 一度自分自身の主観で捉えた生活者の生活背景を、主観化の感動、感覚を失わないようにしながら、生活者にとっての意味や本質を把握するために、ある程度客観化し、いくつかのストーリーにしてみる。ストーリー化する際に重要なのは、その視点である。食器洗剤の例でいうと、手荒れが気になるという視点なのか、またはできるだけ早く洗ってしまいたいという視点か、または環境に悪影響を与えないという視点でストーリー化するのでは、全く違う企画になる。また視点も一つの要素ではなく、複数の要素が組み合わさったものであることが多い。

■生活文脈に影響を与える外部要因

 生活文脈はどのようにして出来上がるのか。それは生活者自身の価値観や個性、感情、行動からなる内部文脈ともいえる生活文脈に対し、生活者に影響を与えている、社会、経済、地域、所属するコミュニティ、家族などの外部文脈が相互に作用しながらできている。外部の文脈は生活者の文脈に影響を与え、生活者もまた外部に何かしらの影響を与え、相互に作用しあう関係にある。
 従って生活文脈を把握するためには、それに強く影響を与えていると思われる外部文脈にも目を向けなければならない。米国のサブプライムローンの破綻に始まった世界経済の混乱は、多くの日本企業とそこに勤務する社員の生活を短時間のうちに大きく変化させた。昨年秋の衆議院選挙での自民党から民主党への政権交代もまた、経済社会環境を大きく変え、さらに我々のものごとの考え方、感じ方を変えている。外部文脈もまた製品・サービスのコンセプト企画において重要な要素といえる。

 
 次回はコンセプト企画のための文脈把握方法を弊社で2月18日に実施するオープンワークショップを実例に紹介したい。

 
 

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     ~生活背景の文脈から発想する製品・事業開発~
 
   ⇒ 対象ユーザー参加型「新製品・新事業開発プログラム」
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