テクノロジーマネジメント「日本型オープン・イノベーション」

ニューチャーネットワークス 高橋 透 2009年3月18日

 M&A、アライアンスで最も重要なこととは何か?と聞かれた場合、私は「そのM&A、アライアンスは何のため行うのか?」という目的をしっかりと持つことであると答える。
 しっかりした目的、言い換えるならば理念を持つことの重要性は、なにもM&A、アライアンスに限ったことではない。一企業やその中の一事業、一部門組織であっても目的は必要である。しかしどちらかと言うとそれは中長期の発展を考えた場合に重きがある。
 M&A、アライアンスにおいて目的を明確にすることは、中長期な意味ばかりでなく、最初の段階である交渉過程においてもかなり重要である。 M&A、アライアンスにおいて「目的」は全ての場面において意識されていなければならないことである。それはなぜか?今回はそのことについて考えてみたい。

目的の重要性①「新たな価値を生み出すビジネスモデルを創造するため」

  狭い範囲での資源や機能の補完ためのM&Aやアライアンスでは、その目的を設定することはさほど難しくない。しかし今回取りあげている様な戦略的 視点での「M&Aやアライアンス」では、会社間の連携による新たな価値を生み出す、ビジネスモデルの構想を創造することをめざすものである。その ためには自社のみの利害を超えた、両社にとって魅力的なより上位の目的を構想することが必要となる。両社によって構想された目的は、さらには両社の顧客や 株主、従業員、取引先、そして社会にとって魅力的なものでなければならない。連携による新たな価値創造の原点はその目的を創造することから始まる。

目的の重要性②「互いの信頼関係を維持発展するためにつねにフェアであること」

  M&A、アライアンスの交渉段階さらには交渉後の段階であっても、気をつけなければいけないこと、それは互いの信頼関係を維持、発展さ せることであろう。信頼関係を維持、発展させるためには、何を起点に考え、行動すべきなのであろうか?それは両社が共有するM&A・アライアンス の「目的」である。
 相手の会社を支配する、または支配されるといった構図が一旦見えてしまうと、そこからは新たな創造的アイデアは出てきにくくなる。支配することが目的となり、そのよりよい条件を相手にのませることが目的となってしまう。そこには創造的な問題解決はあり得ない。
 信頼関係を維持発展させるためには、両社の利害を超えたより高次な目的を起点に、様々なことを公正に評価、判断しなければならない。M&A・アライアンスにおいて両社の共有する目的は言わば憲法とも言える。

目的の重要性③「さまざまな環境変化を超えて、関係性を継続させること」

 M&A・アライアンスは、契約が成立するまで1年以上かかる場合も珍しくない。その交渉の間、それぞれの企業の内外の事業環境が変化する ことも多い。大きな環境変化が両社の関係構築の破綻の原因にもなりうる。両社は様々な環境変化に対応していかなければならない。環境変化に対応していく基 軸が、両社の共有する目的である。
 M&A・アライアンスの締結後も事業環境は絶えず変化する。その環境変化に対し、一貫性をもち、柔軟で粘り強い対応ができるのは、基軸にある「目的」が存在し、それに基づき、つねに物事を考え続けられるからである。

目的の重要性④「契約での限界を超えること」

 「M&A・アライアンスでは、全てのことを契約に盛り込んでおけば、安心なはず。」しかし先にのべたように事業環境は絶えず変化する。事 業環境変化を契約の内容に取り込むことは不可能である。たとえ作成できたとしても契約条項が膨大な数のものになってしまい、実務上その契約を運用するのは 難しい。
 契約は重要であるが、それには自ずと限界がある。契約はあくまでも目的を達成するためのハード面としてのガイドと考えるべきである。契約の限界を超えるのは「目的」を基軸にした「信頼関係」というインフラである。

目的の重要性⑤「難しいM&A・アライアンスプロセスの業務に、新たな意味を与えてくれること」

 M&A・アライアンスの交渉、契約、そして新たな組織、事業のスタートアップなど一連の連携の仕事は、社外を巻き込むため変動要素が多 く、先が見えにくいため、企業の既存業務とは比べものにならないぐらい苦労が多い。また失敗の確率も既存業務よりも遙かに高い。その一方で M&A・アライアンスは、今まで自社だけでは達成できなかったことを実現させられる可能性がある。
 既存業務よりもつねに苦労が多いM&A・アライアンスの仕事に「意味」を見いだすことができるのは両社が共有するビジョンや目的を意識するからである。関わる人がビジョンや目的に意味を感じるからこそ、膨大で困難な作業であっても、つねに創造的になれる。

 

 以上「5つの目的の重要性」を述べたが、M&A・アライアンスの仕事の中で、目的がしっかり共有されること以上に大切なことはない。それではM&A・アライアンスで目的を共有するためにはどの様なことを行うべきかを次に述べたい。

① 交渉の最初の段階でそれぞれが考えるビジョンや目的を伝える

 「交渉がだいぶ進み、契約の段階で初めて、相手もしくは自社の目的が明確になってきた。」といったようなことがよく聴かれるが、それでは M&A・アライアンスは成功しない。M&A・アライアンスのそれぞれの目的、そして共通の目的は、できるだけ交渉の初期の段階で明確にす るべきものである。むしろ目的が共有されない限り、交渉を進めないことが必要であろう。
 最初の段階で「目的」が共有されることにより、交渉は創造的な作業となり、信頼関係は深まっていく。またたとえ途中で交渉が決裂したとしても、何が問題で契約が成立しなかったのかが明確になり、また次の行動につながる。

② 目的を考える際に譲れない制約条件も同時に明確にする

 組織には、その存在意義に関わる譲れない条件がある。例えば、バス、鉄道、飛行機などの旅客輸送業者にとっては「交通の安全を守ること」は事業上 何にもまして重要なことである。ファッションブランドにとっては「ブランドイメージを損なうこと」は絶対に防がなければならないことである。このように企 業には、会社の存続上譲れない制約条件がいくつかある。
 M&A・アライアンスでは、相互の目的を考える際に、この譲れない条件を初期の段階で明確にしておくことが必要である。それにより M&A・アライアンスの目的がより明確になり、協力しやすくなる。また目的が達成できるかできないかが、初期の段階で判断できる。

③ 交渉の話合いの会議の最初と最後には必ず目的を確認する作業を行う。

 M&A・アライアンスの交渉で気をつけなければいけないことは、目的を忘れ、契約を自社にとってのみ有利にするための条件闘争になってし まうことである。そのような条件闘争は、たとえ勝ったとしても、ビジネスの運営段階で何らかの「しこり」となって残る。なぜ条件闘争になってしまうのか。 それは、目的を忘れてしまっているからである。
 それを防ぐには、少なくとも議論のはじめと終わり、もし必要であれば、議論の最中にも、絶えず目的を確認しあうルール、習慣をつくっておくことである。単純なことであるが、大変重要なことである。

 今回はM&A・アライアンスにおいて、「目的」の明確化と明確化のための方法と実践上の注意点を取りあげた。M&A・アライアン スとは、異なる価値観、異なる仕組み、つまり、異なる文化が融合し経済的成果を創造することである。そのためには、目的を明確にすることで、関わる組織、 人が自発的に融合できるようにしなければならない。

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