組織革新「ブレークスループロジェクト」

ニューチャーネットワークス 山本 邦正
ニューチャーネットワークス 張 凌雲 2009年4月15日

■ プロローグ

 外食産業の市場規模は、2001年以降、24~25兆円台で横ばい、微減に推移している状況で あった。そして、急激な景気悪化による消費意欲の衰 退は、外食そのものを控える傾向になり、外食各社の業績低下に拍車がかかっている。今回はこのような状況の中、飲食店を複数展開するA社において、売上低 迷の状況を好転させるために、様々な制約条件がある中で取り組んだブレークスループロジェクトについて紹介する。

 A社 は、売上規模は約100億円で、和食、イタリアン、韓国料理など様々なレストランの業態を全国で40店舗(うち首都圏で20店)展開してい る。業態は多角化しているが、20~40歳代の会社員をターゲットとし、各業態とも同じ顧客あたり単価(約5,000円)になるようにメニューをそろえて いる。
 外食産業の厳しい経営環境は、A社にとっても例外ではなく、ここ数年売上の伸び悩みが続いている。そのような状況の中、現場業務の精密 化と効率化に向け た取り組みや、現場での問題を早期に発見、迅速に対応するための業績モニタリングシステムの構築などの業務プロセス改善と標準化を進めてきた。

 A社の経営企画部に所属する鈴木さんは、次年度の予算をとりまとめている最中、原田社長より呼び出しを受けた。次年度予算をとりまとめている途中なので、その経過を聞かれるのだろうと思い、作成中の資料をいくつか持って社長室に向かった。
 
「失礼します。次年度予算のとりまとめ経過についてご質問でしょうか?」
 
鈴木さんは持ってきた資料を広げようとしたが、原田社長は、

「今日はちょっと違う用件で来てもらったんだ。まあ、そこに座ってくれたまえ。」

と自分のデスクの前にある打ち合わせスペースに移動しながら言った。
開口一番、原田社長は、

「ここ数年、会社全体の売上高がずっと横ばいなのは鈴木君も知っているだろう。この会社がもう一回り大きく成長するためにも、なんとかこの状況を打破して勢いをつけたいんだ。そこで今日、鈴木君を呼んだわけだ。」

と言った。このとき鈴木さんは、前職で取り組んだプロジェクトのことを思い出した。

(ひょっとしてあのプロジェクトのようなことを社長は考えているのだろうか。)

「鈴木君の前職での働きは、人事部長から聞いたよ。業績を上げるための変革プロジェクトでリーダーをやっていたそうだね。短期間で集中して取り組 み、成果を追求するという内容は、今の会社が置かれている状況を打破するために有効な取組だと思っている。そこで、ぜひ鈴木君にこの取組のリーダーをやっ てもらいたい。」

(やはりそうか。直接ご指名を受けたからには、やらないわけにはいかないな。)

「わかりました。では3日間でプロジェクトの進め方などの企画をまとめますので、ご確認いただいた上で進めていきたいと思います。」

「快諾してくれてありがとう。ぜひ頼むよ。4日後の午前中、スケジュールを空けておこう。そこで企画について確認させてもらうよ。よろしく。」

登場人物

・PMO(Project Management Office)チーム:
  鈴木さん・・・経営企画部に所属。主人公の一人。1年前にA社に転職してきた。前職で短期間・成果重視型プロジェクトを推進した経験あり
・プロジェクトチーム:
  佐藤さん・・・イタリアン事業部に所属。主人公の一人。今回取り上げるプロジェクトチームのチームリーダー。アルバイト時代からA社に在籍する現場たたき上げ
・社長:
  原田社長・・・A社を20年前に創業。今回のプロジェクトに鈴木さんを抜擢
・事業部長:
  伊東事業部長・・・イタリアン事業部長。佐藤さんが取り組むプロジェクトの主管事業部

■ ブレークスループロジェクトの準備

4日後、社長室にて

 鈴木さんは再び原田社長を訪ね今回行なおうとする取組の企画を説明していた。

「現状を打破し、会社を次の成長ステージに進めたいという先日のお話しから、まず、短期間で目に見える成果を出します。そして、成功体験を積み重ね、そ の積み重ねが成功癖となり、結果、加速度的に成長していくという取組にしていきたいと思います。このような取組を今後、ブレークスループロジェクトと呼ぶ ことにします。」

「いいね。現状を打破し、会社を新しいステージに進めるという考えにぴったりのプロジェクト名だ。で、プロジェクトを進める上でのポイントは?」

「はい、ポイントは3つあり、『トップから現場までの意識共有』、『組織横断的な取組』、『プロジェクトチーム間のコミュニケーション』になりま す。まず一つ目の『トップから現場までの意識共有』ですが、短期的な目標達成を果たすためには、経営資源を集中し、一点突破していく必要があります。その ためには、現在、原田社長が持っておられる危機感をプロジェクトのメンバーにも同様に持たせ、目標に対するベクトルを揃えていきます。危機的状況を打破し なければ、自分たちの将来はないという意識の共有から、組織的一体感を作り上げます。
 二つ目の『組織横断的な取組』ですが、全社的に取り組む という意識を高めることや、これまで仕事で接する機会の少なかったメンバーと取り組むことで、新 たな学びや新しい発想の刺激を促進させるという狙いがあります。最後に『プロジェクトチーム間のコミュニケーション』ですが、複数のプロジェクトチーム間 で課題の共有を行うことで、これから発生しそうな課題の予測や解決した事例の共有など、より効率的にプロジェクトを進めていくことができます。」

「なるほど。じゃあ具体的にはどう進めるんだ?」

 

「まず、短期的に成果を出していく取組ですので、取組期間は四半期よりも少し短い10週間を考えています。ブレークスループロジェクト実施にあ たっては、プロジェクト全体をとりまとめるPMO(Project Management Office)チームを設置します。プロジェクト全体を俯瞰する視点、部門間のつなぎ役などの役割が必要になることから、そのメンバーは経営企画部門・メ ニュー開発部門・マーケティング部門・調達部門・現場スタッフなど組織横断的なチーム編成とします。」

 

「次に進め方ですが、まず原田社長よりトップダウンでプロジェクトでの取組内容について大方針とその目標を示して頂きます。それをもとにPMO チームで大方針を具体的にしたプロジェクトテーマ方針を決めます。さらに、各プロジェクトチームにそのプロジェクトテーマ方針に沿った取組テーマ、それに 対する目標設定、実施内容をまとめてもらいます。その後、プロジェクトチームごとに原田社長はじめ事業部長などに対して発表をしてもらい、実際に取り組んでもよいという承認を得て、プロジェクトを開始するという流れになります。」

「トップダウンで出した方針に対して、ボトムアップで提案を受け、発表の場で議論しながら実施内容をブラッシュアップしていくイメージなのかな?」

「そのとおりです。」

「よし、ではその進め方で取り組んでみることにしよう。さっそく、私からの大方針だが、『伸び悩んでいる売上のアップ』としたいと思う。鈴木君以外のPMOチームメンバーは、要望があれば言ってくれ。私からも声をかけておくよ。」

 この原田社長の決定により、ブレークスループロジェクトは第一歩を踏み出した。

PMOチーム結成

  数日後、鈴木さんをはじめとしたPMOチームメンバーに選ばれた5名と原田社長が会議室に集合していた。選ばれたPMOチームメンバーは、経営企 画部からリーダーの鈴木さん、メニュー開発部門、マーケティング部門、調達部門、現場スタッフからそれぞれ1名という、クロスファンクショナルなチーム編 成である。まず、集まったメンバーに対して原田社長から今回の取組の趣旨説明があり、つぎに鈴木さんより、具体的進め方の説明を行った。

  次の日、PMOチームメンバーはプロジェクトテーマ方針を決めるために再び集まった。原田社長の大方針は「伸び悩んでいる売上のアップ」であり、 これをより具体的に落とし込み、各プロジェクトチームの設定するテーマの基となるプロジェクトテーマ方針を決めなくてはならない。議論の結果、「各店舗で 夜以外の時間帯での売上を伸ばす」というプロジェクトテーマ方針にすることとなった。また、会議では、今回のプロジェクト実施対象は10店舗とし、プロ ジェクトごとに主管事業部を決めた。

 PMOチームは、今回の会議で決定した内容を原田社長に報告し、承認を得た。そして、各主管事業部へプロジェクトのメンバーを人選してもらうように依頼した。

趣旨説明会の実施

 各主管事業部から人選してもらったメンバーに対して説明会が実施された。集まったプロジェクトメンバーの人たちに対して原田社長から今回の取組の趣旨説明があり、つぎに鈴木さんより、プロジェクトのポイントと具体的進め方の説明を行った。

 

「今回実施しますブレークスループロジェクトは、短期間で目に見える成果を出していくプロジェクトです。このプロジェクトを成功させるためには、 7つのポイントがあります。『①結果重視で取り組むこと』、『②緊急の状態を作ること』、『③達成までの道筋が明確になるように小さなステップで取り組む こと』、『④変化を常にキャッチしながら柔軟に進めること』、『⑤組織にあるリソースを最大限活用すること』、『⑥挑戦しがいがあり達成可能な目標を設定 すること』、『⑦できるだけシンプルに取り組むこと』です。プロジェクト期間中は、進捗・課題共有会議を週次で、中間報告会と最終報告会をそれぞれ1回ず つ実施します。」

 また、直近のスケジュールが発表された。

 「プロジェクトの開始日は2週間後とします。各プ ロジェクトチームはそれまでに、プロジェクトテーマ方針である『夜以外の時間帯での売上を伸ばす』に基 づいた取組テーマを決めておいてください。3ヶ月で結果を評価することができるテーマを設定して頂くことが前提となります。また、具体的取組内容について 検討してください。2週間後のキックオフ当日に目標と実施内容案をまとめ、社長・各事業部長が揃った場でその内容を発表し、取組の承認を受けた上でプロ ジェクト開始となります。承認がもらえなかった場合は指摘事項を検討の上、再度発表して頂きます。なお、プロジェクト開始までの間に1回程度、PMOチー ムで方向性や設定目標の確認のためのテーマレビューを行ないますので、よろしくお願いします。」

 こうして趣旨説明会が終了し、各プロジェクトチームはキックオフの日までに、取組テーマの決定、目標の仮設定、取組テーマの実施内容の検討を行なっておくこととなった。

キックオフまでの準備

 イタリアン事業部の佐藤さんは、今回のブレークスループロジェクトで表参道店のプロジェクトリーダーに選ばれていた。先日行われた趣旨説明会に出席し、PMOチームからもらった宿題を、チームメンバーで整理していた。

「夜以外の売上を上げるって言うことは・・・、ランチの売り上げってことか?」

「お店に来てもらう以外に、お弁当のテイクアウトとか、配達とか?」

「もしくはランチ以外の時間帯を考えてみると、今やっていないランチ後のカフェタイムを設けるとか?」

「それ以外だと朝とかも考えられるよね?でも、本場のイタリアでは朝ご飯って簡単に済ませちゃうからメニューが厳しいか なぁ。」

など様々な意見が出た。

  検討の結果、昨今のスイーツブーム、ランチセットで出しているドルチェの評判がいいことから、ランチタイムが終わる14:30から、ディナータイ ムが始まる17:00までカフェタイムの営業をすることにした。また、PMOチームにも相談した結果、売上目標を9万円(客単価900円、100人)と設 定した。

取り組み方のポイント

  • 組織横断的なプロジェクトチーム
  • 危機的状況を作る(トップが持っている危機感を、現場へ伝えて共有し、会社全体で危機意識を高める。現場の危機意識を高める。)
  • プロジェクトの主管部署を決める(責任が曖昧になり、プロジェクトも曖昧になってしまわないように。)
  • PMOチームとプロジェクトリーダー間のコミュニケーション(意識あわせ・課題の共有)

(第2話へ続く)

第2話あらすじ

  プロジェクトのキックオフの日、各チームが事前にまとめたプロジェクト実施内容を原田社長始めトップの方々へ発表します。その発表で実行についての承認を 得てプロジェクトが動き出します。はたして佐藤さんのチームはプロジェクトを実行する承認を得ることができるのか?!

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